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「複雑さ」を設計して、結晶の「動き」をプログラムする

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高知工科大学の樋野 優人さん(大学院博士後期課程3年)と林 正太郎教授(理工学群)らの研究グループは、東京科学大学の横田 紘子教授(物質理工学院材料系)、静岡大学の関 朋宏准教授(理学部)らと共同で、一般的には「単純で規則正しい」ことが理想とされる結晶構造に、あえて「複雑さ」をつくり込むことで、その複雑さが熱によってほどけるプロセスを利用して結晶の動きを制御するという新しい材料設計原理を明らかにしました。

本研究は、これまでの材料設計がめざしてきた「単純化」という“王道”に対し、『結晶内部に、異なる分子環境を共存させる「複雑さ」を、どの程度つくり込むのか』という、まったく新しい設計軸(分子構造→構造的な複雑さを設計→分子集団の動きを制御→機能への変換)を導入するものです。 本成果は、2026年8月18日、ナノ・マイクロスケールの基礎研究から応用までを網羅する、材料科学分野において非常に高い評価を得ているドイツの国際学術誌「Small」に掲載されました。

【研究成果のポイント】「複雑さ(high-Z′ (*1)」を意図的に設計:剛直なアントラセン(*2)骨格に、回転して動くことのできる部分を組み込むことで、同じ分子でありながら、ひとつの結晶内に5種類の異なる「居場所(環境)」が共存する複雑な結晶構造を実現。 このような構造をhigh-Z′(ハイ-ゼットプライム)結晶と呼ぶ。 熱による「構造のゆらぎ」が導く対称性の回復:温度上昇に伴い、異なる環境にいた分子が徐々に動き出し(ゆらぎ)、やがて分子が協調して並び替わる「対称性回復(*3)」という特異な現象を解明。 この変化により結晶は特定の方向へ急速に伸びる。

耐久性と再現性のある「プログラム可能」な動作:50回の加熱・冷却サイクルを繰り返しても可逆的に、安定して動作することを確認。 図1 「動く部分」と「動きにくい(剛直な)骨格」を組み合わせた新分子(BBPA)の設計【研究の背景】結晶は「単純」であるべきか? 「結晶」とは通常、同じ分子や原子が整然と並んだ固体であり、その「単純な構造」ゆえに材料研究では、物性が理解されてきました。 そのため、ひとつの結晶の中に異なる環境の分子が混在する「複雑な構造(high-Z′結晶)」は、制御が難しく、材料設計においてはできるだけ避けるべき対象とされてきました。

しかし、実際の機能性材料では、相転移、分子運動、構造変化など、多数の分子が連携して起こる複雑な現象が重要になります。 そこで、本研究では「複雑だからこそ、段階的・選択的で多様な動きを設計できるのではないか」と発想を逆転させ、 結晶内部に「複雑さ」をあえて設計することで、熱などの外部刺激に対する高度な応答性を引き出そうと未踏の領域に挑みました。 【研究の内容と成果】 1.分子に「動ける部分」を組み込み、結晶の「複雑さ」を設計 研究グループは、結晶内部に意図的に複雑さを生み出すため、分子そのものの構造から設計を行いました。

開発したBBPAは、剛直で動きにくいアントラセン骨格を中心にもち、その両側にフェニル基とtert-ブチル基を配置した分子です(図1)。 設計のポイントは、一つの分子の中に「動きにくい骨格」と、熱によって向きを変えることのできる「動く部分」を共存させたことであり、アントラセン骨格が分子全体の形を支える一方、その周囲のフェニル基やtert-ブチル基には回転する自由度があります。 研究グループは、この「剛直さ」と「動きやすさ」の共存によって、同じ分子でありながら結晶中で少しずつ異なる形や環境をとることが可能になり、結晶内部に「秩序ある複雑さ」を生み出せると考えました。

2.複雑な結晶の中で、分子が少しずつ動き始める 単結晶X線構造解析の結果、BBPAは、同じ分子だけでできているにもかかわらず、結晶内部に5種類の異なる分子環境をもつZ′ = 5のhigh-Z′結晶を形成することが分かりました(図2a)。 つまり、図1で設計した「動く部分」と「動きにくい骨格」の組み合わせによって、結晶の規則性を保ちながら、その内部に複数の異なる「居場所」をもつ「秩序ある複雑さ」が生み出されました。 この結晶を加熱すると、約150 ℃(約423 K)で明確な構造相転移が起こり、Z′ = 5からZ′ = 2.5へと変化しました(図2b)。

それまで5種類の異なる環境にあった分子が協調して再配列することで、結晶はより対称性の高い構造へと切り替わります。 また、冷却すると元のZ′ = 5構造へ戻ることから、この構造変化が可逆的であることも確認されました。 一方、結晶内部の分子では、相転移温度に達して突然すべての分子が動き出すのではなく、それよりも低い温度から分子運動が徐々に活性化していることが分かりました(図2c)。 特に、低温では一定の向きに整っていたtert-ブチル基は、温度上昇とともに配向が徐々に乱れていきます。 すなわち、BBPA結晶では、熱によってまず局所的な分子運動が活性化し、結晶内部に組み込まれた「複雑さ」が徐々にほどけていきます。

そして、その変化が最終的に多数の分子の協調的な再配列を引き起こし、Z′ = 5からZ′ = 2.5への相転移につながることが明らかになりました。 図2 加熱によって「複雑さ」がほどけ、より対称性の高い結晶構造へ変化する様子(a)低温相では5種類の異なる分子環境(Z′ = 5)が共存するが、高温相ではZ′ = 2.5へ減少する。 (b)約423 Kで起こる可逆的な構造相転移。 (c)温度上昇に伴い、tert-ブチル基の配向が徐々に乱れ、分子運動が活性化する様子。 3.「複雑さ」がほどけると、結晶全体が動く 図2で明らかになった分子レベルの構造変化は、結晶全体の大きな動きへと増幅されます。

BBPA結晶を加熱すると、通常の熱膨張のようにすべての方向へ均等に膨らむのではなく、結晶の長軸方向へ大きく伸びることが分かりました(図3a)。 特に相転移に伴って急激な伸長が起こり、冷却すると再び収縮します。 この伸縮は加熱・冷却によって可逆的に繰り返すことができます。 結晶の長さを温度に対して詳しく調べると、温度上昇に伴う緩やかな変化に加えて、相転移付近で結晶長が急激に変化することが確認されました(図3b)。 これは単純な熱膨張ではなく、図2で示した多数の分子の協調的な再配列が、結晶全体の方向性をもった運動へと増幅された結果です。

実際の結晶を光学顕微鏡で観察しても、加熱に伴って結晶が長軸方向へ伸びる様子を直接確認できます(図3c)。 さらに重要なのは、この動きが一度限りではないことにあります。 403–443 Kの範囲で加熱・冷却を50回繰り返しても、結晶はほぼ同じ伸縮運動を維持しました(図3d)。 すなわち、分子構造に組み込んだ動きやすさとhigh-Z′結晶の構造的複雑さが、可逆的かつ繰り返し可能な結晶の運動へとつながっていることが示されました。

本研究は、「分子に動ける部分をつくる」→「結晶内部に複雑さをつくる」→「熱によって複雑さがほどける」→「分子が協調して並び替わる」→「結晶全体が動く」という一連の流れを、分子設計から巨視的な運動までつなげて明らかにしました。 図3 分子レベルの構造変化が結晶全体の可逆的な伸縮運動へ増幅される様子(a)加熱・冷却に伴うBBPA結晶の伸縮の模式図。 (b)温度に対する結晶長の変化。 (c)加熱に伴って長軸方向へ伸びる結晶の光学顕微鏡像。 (d)403–443 Kの加熱・冷却を50回繰り返した際の結晶長の変化。 【学術的意義】 本研究の新しさは「分子構造」だけでなく「複雑さ」そのものを材料設計する点にあります。

これまでの材料設計では、一般に「どのような分子をつくれば、どのような機能が得られるか」という「分子・結晶構造→機能」という直結型の設計が中心的な考え方でしたが、本研究では、その間に「結晶の内部を、あえてどの程度複雑にするか」という新しい設計軸を導入しました。 ◉従来:分子構造 → 結晶構造 → 機能 ◉本研究:分子構造 → 構造的な複雑さ → 分子集団の動き → 機能つまり、結晶の「形」だけではなく、その内部にどのような複雑さを仕込むかまで分子レベルで設計しようという考え方です。 さらに、同じ設計思想に基づいて構造の異なるアントラセン誘導体を設計したところ、その結晶でもZ′ = 4のhigh-Z′構造が形成されました。

したがって、今回の現象がBBPAという一つの分子だけに偶然現れたものではなく、分子設計によってhigh-Z′構造を生み出す考え方が他の分子系へ展開できる可能性も示されています。 【社会的意義】複雑さを機能に変換する材料へ 温度、光、圧力、電場など周囲の環境変化を感じ取り、自ら形や性質を変える材料は、センサーやアクチュエーター、形状記憶材料などへの応用が期待されています。 例えば、「ある温度になると決まった方向へ動く」「温度の上げ下げに応じて繰り返し形を変える」「過去に受けた刺激によって次の応答が変わる」といった材料です。

今回の研究は、こうした複雑な応答を実現するために、結晶内部の「複雑さ」そのものを設計するという新しい道筋を示しました。 これまで「制御しにくいもの」として扱われることの多かった結晶構造の複雑さを、逆に積極的につくり込み、複雑さの中に複数の動きの自由度を蓄え、必要なときにそれらを協調して動かすことができれば、単純な構造では実現できない多段階・方向選択的・履歴依存的な材料応答を設計できる可能性があります。 本研究で提案したhigh-Z′結晶設計は、熱応答性結晶にとどまらず、今後、形状記憶材料や、構造変化と電子機能を連動させた「インテリジェント有機半導体」など、新しい動的機能材料を設計するための基盤になることが期待されます。

【用語解説】*1)Z′(ゼットプライム)結晶の最小単位(非対称単位)の中に含まれる、独立した分子の数のこと。 結晶の中で分子がとっている「居場所(環境)」の種類数を指す。 一般的な有機結晶の多くは、すべての分子が全く同じ環境で整列している「Z′=1」という単純な構造をとることに対し、本研究で実現した「Z′=5」という状態は、同じ一つの結晶の中に、分子が微妙に異なる形や向きで5パターンの異なる座り方をしているような極めて複雑な状態(high-Z′結晶)を示す。

これまで、このような複雑な構造は「制御しにくいエラー」として避けられる傾向にあったが、本研究ではこの「5種類の居場所」をあえて設計することで、熱によって分子が順次動き出す「ゆらぎ」や一斉に整列し直す「ダイナミックな動き」を引き出すことに成功した。 *2)アントラセン3つのベンゼン環が横一列に並んでつながった分子。 非常に硬くて丈夫な(剛直な)性質を持ち、その優れた電気的・光学的特性から、有機ELや有機半導体といった次世代の電子デバイス材料として広く研究・利用されている。

本研究では、結晶全体の形を支える「動かない骨格(土台)」としてこのアントラセンを採用し、その周りに「動く部分」を組み合わせることで、結晶全体のダイナミックな伸縮運動を実現した。 *3)対称性回復結晶において、温度上昇などの刺激によって、複雑だった分子の並びがより単純で整った状態へと変化する現象のこと。 本研究の結晶(BBPA)を例にすると、低温では5種類の異なる「居場所(環境)」にバラバラの形で固定されていた分子たちが、加熱されることで激しく震え始め(構造のゆらぎ)、互いの違いを打ち消し合うようにして足並みを揃え、最終的によりスッキリとした整った配列へと切り替わること。

一般的に、温度が上がると構造はバラバラ(乱雑)になると考えられがちだが、本研究では逆に「複雑さがほどけて一斉に整う」瞬間に生まれる力が、結晶全体の巨大な伸縮運動の原動力となる。 【研究資金】 本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(科研費番号:JP23K22492, JP24K00593, JP26K07020)の支援を受けて実施されました。

【論文情報】タイトル:From Simplicity to Complexity: Substituent-Controlled Z′ Multiplicity as a Design Principle for Thermally Robust yet Programmable Anisotropic Expansion著者:Yuto Hino, Takumi Matsuo, Tomohiro Yamashita, Hiroko Yokota,Daiki Korenaga, Tomohiro Seki, and Shotaro Hayashi掲載誌:Small公開日:2026年8月18日DOI:10.1002/smll.75273